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キリスト教とインターネット

05.15.2007 · Posted in Diary

さてさて、今回はキリスト教とインターネットと題して
小生の生い立ちに深く関与している宗教学である所の
キリスト教と、今の職業であるインターネットとの関係について
いろいろ、講釈を述べてみようと思う。(OK?)

キリスト教の発展は教会と呼ばれるコミュニティを
中心に全世界へと広まった。

この仕組みはアナログながら当時としても最も進んだ宣伝効果を
発揮したのであーる。

その宣伝効果たるは絶大で、時のローマの皇帝ネロは
その拡がりを見た時、彼は、その絶大な影響力をもつ思想の、
恐るべき拡がりに恐怖を覚えたのであった。
(彼は、その恐怖を押さえる為には母親さえも殺した。)

暴君ローマ皇帝は、時に余興をこよなく愛した。

彼の奏でる歌は当時では最高の芸術的評価を得ていたのだ。

皇帝ネロは、インスパイアを欲しがった。
同時に、キリスト教を恐れた。

ローマに火を放ってみては?

彼の心に囁くものがあった。

まさか!

彼はそれを実行した。

成功した。

あっという間に、真っ赤な炎に包まれた当時の世界で
最大の繁栄を誇る都市、ローマ。

彼に与えられたインスパイアは最高の物だった。

彼は生涯でも最高の歌を歌ったに違いない。
滑るように流れる言葉のエッセンスに彼は酔ったのだ。

そして、その罪はキリスト教という最近、巷で話題の
自分が恐れる思想のせいにしたのだ。

「キリストが王?皇帝は、わたしだ!」

そう思ったに違いないのだが、この事件が「ローマの大火」である。

このローマの大火によって非常に多くのキリスト教徒が迫害された。
無惨にも毎晩の様に、猛獣に食べられ、火柱にされ、空を飛ばさせられた。
(伝説では、この時に使徒ペテロは倒れたという伝説がある。)
※「クォ・ヴァディス」として有名

ペテロとパウロ(ローマ市民)は、この時必死に信徒たちへ励ましを与え続けた。

彼らは抵抗はしなかったのだ。全くしなかった。

彼らの意志・潔白はようやくローマ市民に伝わった。

もはや、キリスト教はローマにおいては尊敬されるべき思想へと
変化を遂げていたのだ。

キリスト教の思想には、迫害にあうことを喜びなさいと
記してある理解不能な不思議な書物、「聖書」がある。

この聖書では、エルサレムの地で果てたキリストが背負った
同じ苦しみに会うとき、あなた方は幸いであると記してある。

さらに、同じ苦しみを味わうもので無ければ、私の思想を述べるに
相応しくないとも書いてある。

同じ十字架なのだ。
そして、復活を信じていた。

そして彼らは、徐々にだが、逆境をチャンスに変えていった。

彼らにとっては常に逆境がチャンスなのだ。

苦しみにあう時、それは幸いな事である。

その信念は、多くの影響をその後、さらに凄まじい
勢いで他の人に与えていった。

しばしばキリスト教は迫害を受ける。
教会を中心に、社会から、または権力から。

しかし、その時、キリスト教の強さは発揮されるのである。

その信念は、時として「全てを変える力」を持っているのである。

教会というコミュニティは現在では様々な形態があり、
特殊な集まりを維持している状態かも知れないが、
何とも不思議な仕組みがそこには存在するのでは
なかろうか?

インターネット社会においては、コミュニティを形成するサイトがいくつも
あるが、キリスト教の教会や、聖書という媒体はこの仕組みに非常に
近いのである。

勿論、有効な通信手段が会ったわけではないが、共通の信念を
時や時間を超えた中で多くの人がその思想を共有していたのだ。

まさに「シェアリング・エコノミー」をTCP/IP抜きで行っていたのである。

おもしろいものだ・・・。

最近ではこんなサイトもできあがっている。活用されたし・・・。

My Church

うん。WEB2.0っぽくていいね。

ではでは、God Bless you!

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